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思い出話

思い出話


父はわたしが生まれた年にかなりでっかい病気をして、
わたしが赤ちゃんの時はずっと入院していた
わたしが物心つき始めた頃になっても入院していた
ひとつだけその頃の事を覚えていることがある

その日、いつもみたいに家族でお見舞いに行っていた
父の病室は結構上の階。エレベーターをみんなで待って、わたしと母と兄たちがエレベーターに乗り込んで、父とはいつもそこでバイバイしていた
だけどその日は違った
父もエレベーターに乗り込んで来たのだ

当時2歳くらいだった(父もこの日のことは覚えているので確かだと思う)わたしは、いつもよりほんの少し父と長く一緒にいられることが嬉しかった
エレベーターを降りても、父が隣を歩いていた
わたしは、父が家に帰って来てくれるんだ!と思った
滅多に会えない父が、家に帰って来てくれるのがすごくすごく嬉しかった
病院を出ても父は隣にいた、わたしは一緒に帰れることを確信した
いつも家へはタクシーで帰る
病院の前に止まっているタクシーを捕まえて、兄が乗り、母が乗ったのでわたしもタクシーに飛び乗った、すぐ父が乗れるように

そうしたら、タクシーのドアが閉まった

今思うと本当に当然、父は入院用のパジャマだったから
2歳のわたしはそれに全く気付いていなかった

ドアを閉められて、本当にビックリしたのを覚えてる まだパパが乗ってないよ!?て
わたしは驚きすぎてわけわかんなくてめっちゃ泣いた、そのままタクシーが発進しちゃうし
泣きながら窓をバンバン叩いてた、
父が泣きそうな顔して手を振ってくれてたなあ

父もその事を覚えていて、たまにあの時は本当に辛かったって話をしてくれる
わたしもすんごい悲しかったんだよー、と話す


今でもたまーに、父が遠くに行ってしまう夢を見る
こちらからはどうしようも出来ないところに行っちゃう夢
いつもわたしは泣くだけで、父は手を振ってくれる

夢って、ほんとに突拍子もないことが起こるように見えて、実はすべては過去の記憶の断片なんだなって思った

父は病気こそ治ってはいないけど、今も元気
でもこの時の事を思い出すといつまで経っても涙が止まらなくなるね

思い出話

特に話せる人もいないのでここに思い出話


じーちゃんはわたしが5歳くらいの時に亡くなった
亡くなった日の事を覚えている

わたしは一個上の兄貴と保育園に通っていたので朝はいつも家族みんながバタバタだった
その時母は外に、父はトイレにいたと思う 逆だったかな
とにかく部屋にいるのはわたしだけ、電話が鳴った
5歳のわたしが出ると、相手はとんでもなく取り乱したばーちゃんだった
「かーさんは!?かーさんに変わって!!じーちゃんが大変なの!!」
電話口から聞こえたのはばーちゃんの泣き叫ぶ声だった
え、でも今、いない とわたしはオロオロ答えた
ばーちゃんは乱暴に受話器を台に置いて、向こうに走って行った
じーちゃんのうー、うー、ていう呻き声と、受話器の向こうで必死にじーちゃんに声をかけてるばーちゃんの叫び声がした
わたしがぼーぜんと受話器を持ってるとまたばーちゃんが戻ってきて受話器を持って
「早く!!!かーさんを!!とーさんでもいいから!!じーちゃんが!!!」てまた泣き叫んでくる
その間もずーーっとじーちゃんが呻いてる
わたしはもうその時怖すぎて泣いてた
母が部屋に戻ってきてどうしたの!?と言ってきて、わたしは泣きながら受話器を母に渡した

とりあえず保育園行け!と言われて、父に車で保育園に連れて行かれた

保育園のお迎えは4時半くらいだったかな
帰りも父が車で来てくれた
車に乗り込んで、わたしは朝のことを思い出して、どうなったんだろうと不安になった
そこで父が一言、「じーちゃんが死んじゃったんだ」
あーやっぱそうなのか、て思ったのを覚えている

たったの5年の付き合いだったけどじーちゃんのことは大好きだった
でもなんだかその時は冷静だった


過労死、て教えられてた気がする

2、3年前に、母から
「本当はね、じーちゃんはガス吸って自殺したんだよ」
と教えられた
大量の借金持ってたのは知ってるし、その借金のせいで頭おかしくなったばーちゃんに数年前家を追い出されたから、その話を聞いた時も冷静にそうだったのか、と納得した

あの電話口で聞いたじーちゃんの呻き声が未だに忘れられないんだよね、ていう思い出話でした

髪が動物の耳みたいになってるのを耳髪と勝手に呼んでいる

楽しいのでつい耳髪キャラが増えがち